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アナバプティズム研究会提供

歴史神学講座

三根 翼

 

キリスト者が歴史を学ぶことの意味

 まず、歴史という言葉を聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。私が高校で世界史をとっていた時には、歴史というのは、単なる事実の羅列にしか思えませんでした。いつ、どこで、なにが起こったのか。授業のほとんどは、そういうことに費やされていたような気がします。みなさんの中にも、同じような経験を持っておられる方は多いと思います。もっとも、私の高校の時の教師は、歴史に関するビデオを観ることをさかんに勧めていました。

 大学に入ってから、私はひょんなことで歴史学を専攻することになりました。理由なんて、そんなにしっかりしたものじゃないんです。ぶっちゃけた話、消去法だったんですね。

 私は高校の時から、日本のキリスト教界、特に主流派のそれに強い不信感を抱いていて、なんとかして、日本の教界事情を変えたかった。だから、国際基督(キリスト)教大学という、まさに教界の主流派のひとつの中心のようなところに自ら飛び込んで、いろいろやってみようと思った。そこは人文科学科、社会科学科、自然科学科などといった科に分かれていて。キリスト教大学でしたから、人文科学科には神学とかを教える教授がたくさんいる。目的が目的だから、普通は素直に人文科学科に入ればいいわけです。ただ、私とそこの神学教授が最初っから全然意見が違うのは自明の話であって。大学生活をただ教授と喧喧諤諤(けんけんがくがく)して過ごすのもどうかと思ったんです。要するに、少しは大学生活なるものを楽しんでみたかったんですね。だからまず人文科学科が選択肢から消える。自然科学科も、数学とか、およそ数字に関するものはよくできなかったので、選択肢から消えます。そういった具合で、「なんとかこれなら大学生活を有意義に過ごしながら、自分のするべきこともできるだろう」と思ったのが、社会科学科の歴史学だった。普通の大学だと、歴史学というのは、人文科学の分類になるんです。ただ、私のところは社会科学に入っていて。そして、もう一つ大切だったのが、歴史学専攻というのが一番単位の取り方に融通が利いて、しかも成績が甘い、と。

 つまり、歴史そのものに興味があったわけでも何でもなかったんです。ところが、大学で学んだ歴史学は、高校のそれとは全然違いました。無味乾燥な事実の羅列ではなくて、解釈の学なんですね。

たとえば、フランス革命がいつ始まったかということなら、歴史の教科書に載っていて、年号を暗記すればいいわけです。ところが、ではフランス革命はいつ終わったのかと聞かれると、答えは誰も教えてくれないわけです。そもそも「終わった」って一体何なのか?そういうところから考え直さないといけない。また、歴史の出来事一つ一つに、歴史家は意味を見出そうとするわけです。もちろん、「歴史に意味なんてない」というのも一つの選択肢ではあるわけですけれども、実際には私たちはそういう物の見方はしないわけです。たとえば、中国に日本の兵士が「入った」。歴史に意味が無いんなら、「入った」でいいんです。ところが、私たちは、そういう描写の仕方は、事実の一面ではあるけれども、不充分であると考えるわけです。「進攻」なのか「侵略」なのか。なぜ「進攻」か、あるいはなぜ「侵略」か。ここに主観が入ります。解釈が入るわけです。

 エキサイティングでしたね。物の見方ががらりと変わりました。大学のレベルでやれることっていうのは、結局、歴史を学ぶというよりも、歴史学の考え方そのものを学ぶといった側面が強いわけですけれども、貴重な体験だったと思いますね。

 ところで、神学者はしばしば、歴史の中の、客観的な事実の記述的描写をHistorie(ヒストリエ)と呼び、その意味を探ることをGeshichte(ゲシヒテ)と呼んで、この二つを区別します。両方ともドイツ語ですね。どうも神学者や歴史学者というのはドイツ語がお好きなようで、西欧史の学会とかになると、英語は通訳をつけるんですけど、ドイツ語は通訳つけないんですね。これは驚きました。こういう事情ですから、この先こういった横文字が出たら、学界の方を恨んでくださいね。……話が逸れました。それで、もう一つついでなのですが、旧約聖書におけるイスラエルの歴史、それから新約聖書の色々な出来事、さらに後の教会までひっくるめて、しばしばHeilsgeshichte(ハイルスゲシヒテ)という言葉も使われます。なんかカタカナにすると格好が悪いですね。直訳すると「聖なる歴史」ということになるんでしょうが、普通日本語に訳す場合、「救済史」とかいう言葉がよく選ばれるようです。