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今日の一言
神は、ヨブの問いに答えることができなかった。ヨブの問いには、答えがなかったからだ。
―――ベン・オーレンバーガー


書評

藤井 創
『世紀末のアメリカとキリスト教』
新教出版社

最悪の部類に属する書物

 本書の著者は、ハワーワスや、ニュービギン、ボッシュのような、有能な神学者の本を度々引用する。しかし、それら有能な神学者に対する彼の理解は、ひどく的外れなものである。藤井はハワーワスを引用し、アメリカがもはやキリスト教国家などではないことを語る。それくらいのことなら、別にハワーワスでなくても知っている。ハワーワスの主張で最も重要なポイントは、神の民が神の民として生きるという、教会共同体が対抗文化としてこの世に屹立しているということであったはずだ。藤井にはこれが理解できない。ハワーワスは、我々に具体的な生き方を示すことができたが、彼にはそれができない。彼はある時には、こういう風に言う。

沖縄出身のある牧師が沖縄戦の悲惨を語りながらこういった。「私にはキリスト者の定義がある。キリスト者とはいかなる正当な戦争もいかなる正当な軍事力も認めない人だ。もしその人の中に少しでも正当な戦争を認めようとする思いがあるならば、私はその人をキリスト者とは認めない。」……このキリスト者の定義こそ、この激しい思いこそ、日本の教会が愚かになり切って――キリスト教国兼軍事大国を何の矛盾もなく自認するアメリカの教会に対して毅然として語っていかねばならないメッセージであり、日本とアジアのコンテキストの中で渾身の力を込めて受肉化していかねばならない宣教の指針なのである。(p.68)

もし彼が本当にこう信じているのなら、それはとても素晴らしいことである。このメッセージが、韓国のような徴兵制のある国で語られたらと思う。しかし、彼は別の個所ではこういう風に言う。

ペルーは南米で最も貧しい国だ。富める者がもたない者のわずかな山羊までも奪い取っている世界である。あのダビデのように、富める者がもたない者から奪い取り続けているにもかかわらず、それに気づくことはないのか(サムエル記下十二章)。ゲリラの闘いをペルーの人々はPeople's War(民衆の闘い)と呼ぶ。ゲリラの闘いは、アメリカや日本政府がいうような、冷酷非道なテロリストの反乱ではない。ゲリラはペルーの民衆そのものであり、貧しい人々――最後の一頭の山羊までも奪われようとしている者たち――の叫びを代弁している存在なのだ。(p.158)

ここで読者は、どこかに放り出された気持ちになる。本書はキリスト者としての生き方を示すことができない。読者に残るのはただの感傷だけ、感傷だけである。さらに彼はこうも言う。

確かに「男色をする者は神の国を受け継ぐことができない」(Iコリント六・九)と書かれているが、たとえば同じリストの中にあって神の国を受け継ぐことができないとされている「人を悪くいう者」は、立派なキリスト者として存在しているのである。(p.60)

もし彼が、「だからこそ悔い改めて神の国を受け継ぐ者となろうではないか」と言えば、あるいは彼を適切な問題意識を持つ人物として評価できたかもしれない。また、本書が、一部の人のように「同性愛は罪ではない」と言うほどには非学問的でないことについては積極的に評価できる。しかし彼は、だから同性愛者も「そのまま」受けいれようと言う。このようにして、彼は、同性愛者も「人を悪くいう者」も神の国から締め出してしまう。バーナード・ラッセルのような人は、性道徳が常により安易な方向に傾くことをずっと以前に見破っていたのだ。彼はまさにその道を歩んでいる。彼の「神」学がおそろしいほど人間中心的なので、彼の考え方がおそろしいほど人間中心的なので、彼の生き方がおそろしいほど人間中心的なので、彼はこういったことに気付くことができない。結局本書の立場は、まさにハワーワスが批判した「少し左寄りの民主党」から一歩も抜け出ていない。

 評者は彼の文が『福音と世界』に連載されているのを読んだとき、まさに日本のキリスト教界の闇を見る思いだった。直接的に言えば、本書は、評者が読んだ書物の中で、最悪の部類に属するものだった。評者は彼が――彼の書物や、彼の思想ではなく、まさに彼が――悔い改めることを切に願っている。そして、彼の能力を、神の栄光のために役立ててほしいと思う。

(三根 翼)


あとがき

・また恐ろしく間を空けてしまいました。この文は、もともと友人宛に、「もし藤井氏につてがあるなら、直接私の名前で当人に伝えてもらいたい」といって書いたメールを、Restitution用に改訂したものです。多くの友人が私からのメールを受け取っていますが、更に多くの人に意見を伝えたいと思い、こういう形で発表することにしました。この類の「擬似キリスト教」「擬似神学」に、アナバプティズム研究会は強く反対します。もし、このページの読者の中で、藤井氏をご存知の方がおられるなら、ぜひ、彼にこのページのアドレスを伝えて下さい。(三根)

・アナバプティズム研究会の連絡先は、anabap@eastmail.comです。


 

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