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今日の一言
  私たちの文化で圧倒的に支持されている理想主義的な平等主義から見れば、「女性の果たすべき役割」は馬鹿げたことであり田舎者の言うことかもしれない。さらには「従属」という言葉も侮辱に聞こえるかもしれない。しかし、もしこの平等主義が(「神から見て」あるいは「長期的な社会経験から見て」)実は悪魔的であり、無慈悲であり、人格を破壊するものであり、創造を汚すものであり、そして実現不可能なものであるとしたらどうなるか。「二十世紀の西欧人」を演ずるには、この現代の神話を受け入れ、お互いに従属しあうことのキリスト論的基礎として使徒が語ったことを、黙殺すべきなのか。
―――ジョン・ハワード・ヨーダー


最大の悲劇

 今日、教会が分裂する原因とは何でしょうか。以前であれば、聖書の霊感に関する論争や、聖霊に関する論争が原因となりました。これらの論争が続いていない、というわけでは決してないのですが、しかし、近年最も教会を分裂させる原因となっているのは、同性愛に関する論争と考えてまず間違い無いでしょう。今回のRestitutionがこの問題を扱うのも、そういった背景があるからです。

 どうして論争が起こるのでしょうか。聖書は明確に同性愛を否定しているように見えます。(例を出す)。

 

 森本あんり氏のレクチャーに参加したことがあります。「同性愛とキリスト教」というレクチャーです。氏は、同性愛者を教会に受け入れるべきだという主張を公言しています。私はそこにおいて、この主張の持つ本質について触れたような気がしました。

 まず私が驚いたのは、フェミニストの田中和子氏が、「言いたいことを抑えているようにとれるが」といった趣旨の発言をしたのに対し、森本氏は、「その通り。言いたいことを全て書くと東神大あたりがうるさいので、言いたいことの30%しか書いていない。教会はゆっくり変えていく方が戦略的によい」といった趣旨の応答をしたことでした。「戦略」。とても違和感を感じざるを得ない言葉でした。

 もっとも、公平を期すために次のことを言い添えておかねばなりません。森本氏は、同性間の性的関係を「一対一」に限定することを主張していましたが、ある質問者は、「一対多、あるいは多対多の関係も許容されるべきではないのか」と詰め寄りました。彼らの要求の際限がどこにあるのか、私にはわかりません。ただ言えることは、

 

(三根 翼)


論説――バージニア会議の決定を支持する

 

あとがき


 

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